大阪高等裁判所 昭和36年(う)28号 決定 1961年7月19日
抗告人 白井久雄
相手方 白井するゑ
主文
原審判を取消し、本件を神戸家庭裁判所竜野支部に差し戻す。
理由
抗告人の抗告の趣旨ならびに理由は、別紙の通りである。
抗告理由一について。
原審の審判書によると、原審が、竜野市誉田町広山字天神一五一番地田一反一畝一二歩(以下甲物件という。)は、被相続人白井松治が、従前相手方の所有していた田二筆合計約一反を他に処分した代償として相手方に贈与されたもので、相手方の所有に属し、相続財産に含まれるべきではないと判断していることが明らかであつて、右の田二筆とは、相手方名義の姫路市西脇字中綾瀬二一四番の一田五畝二四歩、及び、同所二一三番田四畝七歩(以上二筆を乙物件という。)を指すものであることは、本件記録中の登記簿謄本二通によつて認められるところ、甲物件について、松治から相手方に所有権移転登記のなされた日が昭和一九年三月一八日である(本件記録中の不動産売渡証書による)のに対し、乙物件が北川第二に売却された日が、右甲物件についての登記日より約二年後の同二一年三月一四日で、その登記をした日が同月二五日である(前示登記簿謄本による。)ことが認められるところであつて、原審説示の通りだとすると右登記日時から考えて、乙物件を処分しない以前においてその代償として甲物件が贈与されたことになるが、そのようなことは通常では考えられないところである(従つて右原審認定の趣旨に副う、原審における相手方本人審問の結果、ならびに、調査官に対する相手方本人の供述は、たやすく措信し難い。)。のみならず、原審における抗告人本人審問の結果によると、適式な遺言状と認められるかどうかは別として、松治が死亡する約一週間前に、抗告理由一(二)(イ)記載の内容の遺言書を作成したこと、右遺言書に記載された当田(裏の田)が甲物件に当ることが一応認められるところであり(右認定に反する相手方本人の審問の結果は前示の通りたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る資料は本件記録中に見当らない。)、この事実の存在が確認されるならば、―例えば、遺言書作成に立会つた者を審問するとかして―当然前示原審の判断に影響を及ぼす筈であるのにかかわらず、原審はこれについてなんら触れることなくたやすく前示のような判断を示しているのであつて、結局甲物件が相続財産に属しないとした原審の判断には、理由不備ないし理由そごの違法があり、しかもこれにより原審判の内容に影響を及ぼすことが明かであつて、本件抗告はこの点において理由があるから、その余の抗告理由についての判断を省略し、家事審判規則第一九条第一項に従い、主文の通り決定する。
(裁判長裁判官 亀井左取 裁判官 杉山克彦 裁判官 下出義明)
別紙
抗告の趣旨
原審判は之を取消し本件を神戸家庭裁判所龍野支部に差し戻すとの裁判を求める。
抗告の理由
一、遺産の範囲についての原審判の認定は不当である
原審判は添付第二目録記載の不動産(龍野市誉田町広山字天神一五一番地田一反一畝十二歩……以下甲物件と略称)について「亡松治が従前申立人すえのが所有していた田二筆約一反を他へ処分した代償として本件田(甲物件を指す)を申立人すえのに贈与したものであることが認められ、この物件は申立人すえのの固有財産であつて遺産に含ますべきものではない」。と認定しているが之は全く事実に反し不当である。即ち、
(一) 被相続人白井松治(以下被相続人という)は昭和七年十二月前記田二筆約一反(姫路市西脇字中綾瀬二一四番地の一田五畝二十四歩、同所二一三番地田四畝七歩……以下乙物件という)を甲立外北川妙子より買受けたるもその所有名義を妻たる相手方にした(相手方に贈与したのではない)のであるが、戦後の農地開放の際松治は不在地主であつた(当時相生市に居住していた)ので昭和二十一年二、三月頃之を申立外北川第二(右妙子の実父に当る)に売渡した。(昭和二十一年三月十四日付売買を原因として同月二十五日移転登記を経由したことは登記簿上明らかである。)而して被相続人が甲物件の所有名義を相手方に書換えたのは昭和十九年三月十八日であることは之又登記簿上明らかである。従つて被相続人が乙物件を他へ処分した代償として甲物件を相手方に贈与した旨の原審判の認定は事実の先後を顛倒し証拠によらないで事実を認定したものというべきである。
(二) 被相続人は、甲物件を相手方に対し真実贈与したものではなく単に名義のみを相手方に移転したにすぎない。
蓋し
(イ) 相手方所持にかかる被相続人の遺言書の内容は大要次の通りである
「私も長い間世話になりましたがもう寿命が長くないと思いますから私が死んだら左の通りすゑの名義にしてやつて下さい
一、当田(裏の田)
一、裏の畑東半分
年 月 日
白井松治
代筆前田数蔵
立会人
北川喜一
田中義和
白井すゑの
右遺言書の記載事実に照し甲物件は相手方のものでなく被相続人のものであつたことは明白である(因みに「当田(裏の田)」とは甲物件を又「裏の畑」とは原審判添付第一目録記載の畑三畝十二歩を夫々指称するものである)
尚右遺言書の作成経緯を附言すると
相手方は被相続人の死亡の約一週間前に同人に対し遺言書の作成方を要請した。(当時同人は胃癌の為め死期が迫つていた。)そこで立会人として親族に当る前田数蔵(被相続人の実弟)田中義和、北川喜一が相寄り、前記遺言書が右前田の代筆により作成せられた。(最初被相続人が自ら書き始めたが病が重く到底書けない状況であつたので前田が代筆したものである)
その際被相続人は遺産中遺言書記載の分は相手方に又その他の分はすべて抗告人に夫々分割するようにせられたき旨述べていたのである
(ロ) 又甲物件より収穫した米は被相続人名義にて農業協同組合に供出しており、被相続人は右物件の実質上の所有者であり、又耕作者であることは右組合も夙に之を承認していたものである。
二、相手方の持出したる現金動産等の評価は約金十万円であり、原審判が「三万円の価値がないとしても云々」と認定していることは不当である。即ち
相手方の持出したる現金動産類は次の通りである
現金七万円(誉田農業協同組合の定期預金)
保有米一石四斗(約一万四千円)
布団三重(約一万五千円)
座布団十枚(約一千円)
合計約十万円
三、之を要するに遺産の範囲には甲物件を含ますべきである(従つて遺産のうち不動産の評価は合計して約七十七万円を超えることは明らかである)且つ又現存遺産の価額に前記持出したる現金等の価額金十万円を加えたものを相続財産とみなして遺産分割をなすべきである。
よつて抗告人は家事審判法第十四条の規定により茲に抗告の申立に及ぶ次第である。